2014年6月18日水曜日

映画のハシゴは何年ぶりかしら?

 学生の頃、祇園会館という映画館でビートルズ映画の四本立てというのを友だち四人で見に行ったことがある。

 祇園会館は、八坂神社の向かい側にある映画館で、ロードショーは上映していなかった。封切館でロードショーを終えた映画をたいていは二本立てで上映していた。お金のない学生時代には、おいそれとロードショーには行けなかったので、もっぱら祇園会館に通っていた。
 ビートルズの映画は、「ヤァヤァヤァ」「HELP」「イエローサブマリン」そして「レット・イット・ビー」の四本立てで、朝から夕方までの上映だった。お得感があってよかったのだが、朝から夕方まで映画館の席に腰を下ろしているのは、かなり苦痛だった。(けっこう前の席でスクリーンを見上げるようにして見ていたように記憶している)

 映画のハシゴは、働いているとなかなかできないものだが、今日は、先週公開された「春を背負って」「ノア 約束の舟」を続けて見に行った。
 「春を背負って」は、3000mの立山連峰でのロケで、自然の移りゆく姿が美しかった。ただ、ストーリーは予想通りという感じで意外性がなかった反面、安心して見ることができた。
 ひとつ印象に残ったシーンは、山で足をくじいて立ち往生しているアイちゃん(蒼井優)のところへ、山小屋を営んでいる長嶺勇夫(小林薫)が現れ、助けて山小屋に連れて行ったときのシーン……アイちゃんは、認知症の父親を亡くした後、立て続けに母親が癌で亡くなるときに、妻子のある男性と旅行中だった。身寄りを一切なくした彼女は、父親が肌身離さずもっていた立山連峰の写真を見て、単身立山に登る。が、山で足首をくじいて遭難してしまう。そんな彼女を発見した長嶺は、アイちゃんを自分の山小屋に連れてくる。このとき、いろいろ訳ありな様子だったアイちゃんに、長嶺は何も質問をしなかった。
 いろいろあった過去を問わず、「で、あなたはこの先どうするつもり?」と問う姿勢は、最近はやりのアドラー心理学に通ずるものがある。
 
 人は過去に縛られているわけではない。
 あなたの描く未来があなたを規定しているのだ。
 過去の原因は「解説」にはなっても
 「解決」にはならないだろう。
  小倉広『アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』(ダイヤモンド社)
小倉広『アルフレッド・アドラー
人生に革命が起きる100の言葉』
(ダイヤモンド社)

 がんになった人は、これまでの人生をふり返って、「何でオレががんになんかなるんだ」と嘆き、「何が悪かったのだろうか」と反省するかもしれない。でも、いちばん大事なのは、「で、この先どのように生きようとしているのか」ということなのではないかしら?
 そんな患者さんに対する医療者の関わり方というのは、ひょっとしたら何も聞かずにそばにいる、長嶺さんのような態度がいいのかもしれないのかなぁ…と、映画とは全然関係ないところで考えていた。

 一方の「ノア」は、旧約聖書のノアの方舟の話を元に、創造たくましく作られた映画で、思わぬストーリー展開に圧倒された。
 こちらも、ストーリーとはまったく関係ないことに話が及ぶが、イラ役を演じたエマ・ワトソンについて。彼女は、ハリー・ポッター・シリーズでハーマイオニー役を演じていた。子役から10年近くハリー・ポッターに関わってきて、知名度の高い彼女が、この映画のイラ役を獲得するために、何とオーディションを受けたということを知って驚いた。名声だけでもイラ役を獲得できていたかもしれないのに、オーディションをわざわざ受けた、という彼女の姿勢には感銘を受けた。
 これも映画のストーリーとはまったく関係ないのだが、この彼女の姿勢は、世阿弥の「初心忘れるべからず」という教えに通ずるような気がした。世阿弥は、こう言っている:

 さて、わたくしどもの芸に、あらゆる功徳をひとまとめにした金言がある。それは、
 「初心忘るべからず」
 というのである。これには、三箇条口伝がある。
 「批判基準となる初心を忘れてはならぬ」
 「自分のそれぞれの時期における初心を忘れてはならぬ」
 「老後の初心を忘れてはならぬ」
  世阿弥『風姿花伝・花鏡』[小西甚一訳](たちばな出版)

 小西甚一氏の解説によれば、「芸が完成し名声が確立するのは、能の向上していった到達点なのだが、その「向上」の過程についての自覚反省がないものは、きっと初心時代の未熟さへ逆戻りする…こういうわけだから、現在の自分の芸位を自覚する必要のため、初心時代の未熟さをいつまでも忘れないようにとつとめるのである…年若な役者たちは、現在の自分の芸位をよくよく自覚して、「自分の芸は現在もひとつの初心にすぎない。もうひとつ上の段階の芸を身につけるためには現在のこの初心の境をけっして忘れまい」と肝に銘じなくてはならない。」
イラ役のエマ・ワトソン

 「ノア」のイラ役のオーディションを受けたエマ・ワトソンは、ひょっとして世阿弥を読んでいたのだろうか?

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